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伊福部昭の音楽史 [Literature]

伊福部昭、という作曲家の名前を知らない人でも映画「ゴジラ」の音楽といえば、ああ、あの、と知っている人は多いはずである。事実、伊福部先生は多くの映画音楽にも関わってこられたが、最終的に目指しておられたのはやはり「絶対音楽」であった。そして伊福部先生をこよなく尊敬し、その流れをくむ代表的作曲家が松村貞三氏であると私は考えている。はずかしながら、伊福部先生の代表作の一つである「ピアノとオーケストラのためのリトミカ・オスティナータ」をかつて自分で演奏していながら伊福部先生の生涯にのこされた仕事といえば大著「管弦楽法」くらいしか知らなかった私は「ゴジラ」しか知らない人たちと五十歩百歩かもしれない。

木部依巴仁著のこの本を読んでみて、伊福部先生の残された足跡の大きさにうたれ、あらためて「リトミカ・オスティナータ」のフルスコアを取り出して見直して感慨にふけった。素朴、といえば素朴なペンタトニック、五音音階(より正確にいえばもう一音加えたヘクサトニック)で作られた三管編成の大オーケストラとピアノのための大曲としては空前絶後、とも言える作品である。この著作の中で「リトミカ・・」のためだけに一章のスペースがさかれていることをみても曲の特異さが伺われる。私が演奏したのは「再演」であって、初演以来かなり大幅な改訂が加えられたので、「改訂版初演」ということになり、これが決定稿となってフルスコアが全音楽譜から出版されたようである。

この本の記録によれば「リトミカ・・」の改訂版による再演は1969年2月10日、若杉弘指揮、読響、とある。ときに伊福部先生55歳、私が弱冠33歳。確か日比谷公会堂だったと記憶している。スコアをみてあらためて思い出したあるエピソードがある。オーケストラのリハーサルのあと、曲の終結部分の21小節のクライマックスがスコア通りに弾いてもオーケストラに消されてピアノがまったく聞こえないことがわかった私は、この部分のピアノパートの急遽変更を伊福部先生に提案したが、先生は受け入れられなかった。しかし、演奏するのは私である。より演奏効果が上がるよう、パートを自分で勝手に変更をして本番は弾いてしまった。演奏後、先生から叱られるようなことはなかったが内心はさぞお怒りであろう、とずっと忸怩たる思いでいた。

ところが何年かあと、出版されたスコアをみたら、驚いたことになんと私が弾いたとおりに、一音の違いもなく訂正されているではないか。ということはこの私の勝手な変更を本番を聞かれた伊福部先生はどうやら認めてくださった、と解釈もできる。それと同時にあのフルオケのフォルティッシモのなかで、私の出した音を一音たがわず正確に書き留められた、先生の抜群の耳の良さにも舌を巻いたものである。ライブだったか別の機会に録音し直したかは記憶に定かでないが、この曲はのちにLPレコードで発売されたが、CD化されたかどうかは寡聞にして知らない。

最後になるが音楽教育界における伊福部先生のもうひとつの絶大な功績を知る人はいまや少ない。現在の東京音楽大学、これはありていにいうのははばかられるが、当初音大としてまったくのヘボ大学であったのが、伊福部先生が学長に就任されて、教育の大改革をされた。特にピアノの井口愛子先生とその高弟たちを招聘して、今日、芸大、桐朋に次ぐ音大として世間に評価されるにいたっているのは、伊福部先生あってのこと、と特筆しておかなければなるまい。
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コメント 2

高本秀行

小林仁(p)+若杉弘指揮+読響の伊福部昭「リトミカ・オスティナータ」のCDは、「世界初録音」盤としてLP → CD化されました。
「リトミカ・オスティナータ」楽譜出版は、スコア → ピアノリダクション版の順にリリースされました。
生前の伊福部昭先生は、小林先生の演奏が特に記憶に残っていらっしゃった様子で、『小林君の青い外車で、よみうりランドの読響練習所まで送ってもらってこの楽譜(改訂版のこと)は出来ました。』とおっしゃっていました。
by 高本秀行 (2014-05-07 15:34) 

klaviermusik-koba

高本秀行様

私の知らないCDの情報ありがとうございました。ピアノリダクションの楽譜もあるのですね。知りませんでした。最近は日本人の作曲家のコンチェルトはあまり弾かれなくなりました。あの頃は多くの作曲家がたくさんピアノコンチェルトを書き、またそれがすぐ演奏される土壌が日本にはありました。日本人のコンチェルト作品はCDでしか聞かれなくなってしまったというのは嘆かわしいことです。ラフマニノフばかり、というのはいったいなんでしょう。
by klaviermusik-koba (2014-05-07 21:53) 

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