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フーガの技法(10)  [ピアノ音楽]

 曲集の12番は「鏡像フーガ」である。ドイツ語で「Spiegelfuge」というとおり、正常フーガと反行フーガが対になって書かれている。バス、テノール、アルト、ソプラノと規則的な入りがある普通のフーガを、音程も、入りも完全にひっくり返してつくられたのが鏡像フーガ(Inversus)。

 でもこの説明は正しくない。この一対のフーガは音程関係が完全に逆さになっているわけではないからだ。調号も、臨時記号も、全部取り払った状態で、音符だけを五線紙上でみれば、完全な鏡の状態になる、という但し書きがつく。正常なフーガでたとえば「Si-Do」という半音進行もInversusでの臨時記号の付け方によっては増2度進行にもなり得るから、完全な意味での「鏡」にはならない。

 バッハはあらゆる形のフーガを書いたが、曲の中央から完全に逆行するフーガだけは書いていない。フーガは本質的に常に前進をつづける、という特性を持っているから、フーガの逆行は不可能なのだ。これが「フーガ」でさえなければ、例はいくらでもある。バッハの例で言えば「音楽の捧げ物」のなかのカノン。もっと単純なものではハイドンのソナタのメヌエット。これは曲の中心の繰り返し記号を挟んで後半は完全な逆行になる。もう少し複雑な例ではヒンデミットの「ルードゥス・トナーリス」のプレリュードとポストリュード、などなど。

 バッハのフーガが完全な形で「鏡」にならないのは、音楽に「調性」という大きな制約があるからだ。でもこの曲が面白いのは実はこの制約のせいでもある。無調の音楽であれば、「Inversus」つまり、反行フーガを書くのは、実に簡単でただ音程関係を逆に機械的に書き換えさえすればそれでできあがり。さすがフーガの超絶職人バッハといえども反行フーガを書きながら、ときおり、正常フーガのパッセージのいくらかの変更を余儀なくされたこともあっただろうと想像はつく。

 これは私はピアノで完全に弾くのは最初不可能、と思った。連続10度の早いパッセージが片手で弾けなければ物理的に無理。でも練習しているうちに、そんなことに気を遣わなくても何とかなることに気がついた。これはかなり高度な企業秘密に属するから誰にも教えない。
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