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片岡みどり先生追悼コンサート [ピアノ音楽]

 私の恩師である片岡みどり先生が昨年12月1日急逝された。その追悼コンサートが去る19日大阪いずみホールで開催された。本来、関西の門下生の間からそういう話は当然出ていると思ったのだが、どうやらなかなか決断がつかなかったところへ、私から話がいったのでそれをきっかけに実現の運びになった、と聞いている。私はプレッシャーをかけたつもりはないのだが、それでもやはり追悼コンサートはどうしても必要なことだったと思っている。

 私はピアノを弾く、弾かないにかかわらず、かならず顔を出すからね、と伝えては置いたのだが、結局みんなと一緒に一曲弾くことになった。全部で4時間にわたる長いコンサートになったが聴きに来てくださった方からは、いろいろ変化があって退屈しなかった、という声をいただいたので大変嬉しく思っている。片岡先生にもお喜び頂けたのではないかと思う。

 でもやはりその任に当たった人たちには多くの負担をかけてしまったことは確かだから、私が死ぬ前には追悼演奏会などやらないように、と遺言を残した方がいいのではと帰り道の新幹線の車中で考えた。せいぜい私をダシにして飲み会をやる、くらいでいいのではないか。

 私の人生観として、人生は生きているとき限りのもの。私は宗教は信じないから死後の世界は何もない、と確信している。死んだらピアノも、CDも、財産も何も残さず、誰にも迷惑をかけず、きれいさっぱりプラスマイナスゼロ、で終わるのが理想。人、考えもそれぞれだから、私が死んだら盛大な追悼コンサートをやってね、という人も当然いてもおかしくない。それはそれでいいだろう。もちろん片岡先生はそんなことを生前おっしゃったわけではない。我々が勝手にやったことなのだ。

 自分についていえば、死ねば自分自身がいなくなってしまうのだから、残った人が何をしようが、なにもしなかろうが、もう関係はないのである。葬式も、追悼会もみんな残された人々がそれぞれに気持ちの決着をつけるもの、と考えている。死んだ人間にとってはどんな盛大な葬式も意味がない。せいぜい生きている間に、ピアノも、音楽も、鉄道も、うまいものを食うのも、せい一杯楽しんで死ぬときに悔いを残したくない。

  バッハがカンタータを作曲したときに250年後にもみんなに喜んで聴かれると考えて作曲したとは思えない。彼はカントルとして自分の職務を忠実に遂行したに過ぎない。反対に、永遠の傑作を残す、と大はりきりで創作した人の作品が、作者と共に消えた例はざらにある。人間は死んだあとも人を支配することが出来るわけではない。話が変なところまで来た。これは片岡先生とは何も関係がない。

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