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悪魔的詩曲(スクリャービン)分析の試み [ピアノ音楽]

ーかくして、調性は崩壊するー


スクリャービンのピアノ曲、悪魔的詩曲 作品36の極めて個人的もしくはオタク的分析。かなり専門的な内容で、これは私自身の忘備録的な記録でもあるから、一般の方はもちろん、ピアニストもよほどパラノイア的傾向を持つ人以外はお読みになることはおすすめしない。

この曲はスクリャービンの初期から中期への過渡期的作品で、ピアノソナタでいうと、4番と5番の中間的な作風としてスクリャービンがどのように調性の世界から無調の世界に分け入るかを見ることができる。ソナタ形式をしているこの曲の構成が、じつは一つのモティーフから細胞が分化するように、あるいは一つのモティーフがさまざまに変容することで物語が展開するワーグナーの「指導動機Leitmotiv」的作風を持つ、という意味できわめてワーグナーの影響が強いということをまず指摘しておきたい。

手元にある春秋社版の岡田敦子さんの解説も参考にしながら、少々私なりの分析を試みる。

1 調性構造
まず調性であるが、ここではまだ確かに存在する。ただ主として用いられている和声が、属⒐の和音の変種が基本になっている関係上、調性確認の頼りにすべきバスがあまり重要性を持たなくなる結果、調性が曖昧となることが多く、この傾向はこのあとますます顕著となって、調性が崩壊するという過程をたどる。これがスクリャービン和声の大きな特徴である。古来スクリャービン、というとまず神秘和音,という概念がいきなり持ち出されるので、なぜこうなるのかが私にはよくわからなかったが、このように属9の和音が変形を繰り返しているうちに、彼の神智主義的傾向ともあいまってごく自然に神秘和音にたどり着いた、となれば、私にも納得がゆく。しかもこの神秘和音なるものは、ソナタのような大曲ではあまり使われず、小品で主に用いられたために、音楽を理論でなく直感に頼ってる人はともかくも、私のように理論でつめて考えるタチの人間はこの概念で行き詰まってる人は案外私も含めてけっこうおられるのではないか。

この曲では調子記号がハ長調ーホ長調ー変イ長調ーハ長調、と長3度で変遷していることも調性感の存在を裏付ける。ソナタの第一主題は岡田さんの意見と私の意見は少々異なり、17小節から始まる、というのが私の考え。冒頭は序奏であるが、ここで使われるモティーフは第一主題、推移、第二主題、展開部、終結部に密接にかかわっている。序奏の中で曲で使われるモティーフをすべて展示してみた、という感じになる。全曲を通じての調性の配置についてみると、同じハ長調で書かれているベートーヴェンのワルトシュタインソナタの第一楽章をモデルにしたのではないか、とも思われる。

2 主題の展開法
主題の展開の仕方は全体としてソナタ形式の枠組みを守りながら、ちょうどワーグナーの「ニーベルンクの指輪」の指輪の動機のように、動機自体を変容させることでこの曲が構成される。もともとラインの底に眠っていた黄金を、地底の国アルベリヒが指輪に鍛え直すが、神の国の主であるヴォータンに強奪され、指輪に呪いをかける。呪われた指輪を所有したものは絶大な権力を手にするが、呪われた全員が不慮の死をとげる、というのがこの演奏時間にして17時間にも及ぶ、楽劇のあらすじである。「指輪の指導動機」から多くの関連する動機を生み出しているように、スクリャービンのこの曲も最初の2小節にあらわれるソプラノの動機「ロbートbートート♯」からバスの主題、ついでさらにこれらを変容させた第3小節のソプラノ主題が導き出され、この三つのモティーフと、それ以外にも序奏で提示されたモティーフのみによってこの曲全体が展開される。

3 小節構造
和声の複雑さにもかかわらず、この曲がそう難解でない理由の一つに、小節構造が古典的でシンプルだ、ということがあげられる。序奏、第一主題、第二主題がすべて、4+4+4+4=16 小節という規則的な構造をしている。展開部、コーダさえも例外でない。たった一つの例外は第二主題後に2小節の挿入句があるだけ。モーツアルトのような古典ソナタなどはもっとずっと複雑な構造のものが圧倒的に多い。

以上の分析により、全曲の詳細な分析はここまで理解された人には不必要であろう。これでこの曲の構成法がおおよそわかり、曲の理解につなげられるであろうと思う。
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