SSブログ

・・・・・・ [プライベート]

 あれからかれこれ数年(数十年ではない)経過し、関係者にもう迷惑もかからないだろう、と判断したので事実だけ書き記しておくことにした。

 あと何年かで古希を迎えるというある日のこと、一人の女性から電話がかかった。この女性は昔の同級生であり、いつの頃からか、受験生や生徒の面倒を見てほしい、と私のところに生徒を連れてきたりしていてそれなりの付き合いがあり、たまに生徒が世話になったからお礼に、と食事に2、3回誘われたこともあったけれど誓っていうがそれ以上でも以下でもない関係だった。私のリサイタルのときにも切符を売ったり、ということも引き受けてくれたこともあったように思う。

 食事をしながら、彼女の夫のこと息子のこと、など私はもっぱら彼女の家庭の悩みごとの聞き役になっていた。同級生だった頃は、クラスの何人かのかわいい女の子のうちの一人、という意識はあったが、どちらかといえば、当時の彼女の私に対する態度はつっけんどんなもののいい方しかしないので、私のなかでは「かわいい」けれど「かわいげ」のない子、というイメージができあがってしまってそれっきりになっていたのである。

 それが、突然の電話で「学生の頃からあなたに好意を持っていたけれど、私はもうあと半年しか命がもたない。このことだけは死ぬ前に伝えたかった」。ここまでは、まあTVドラマなどにありふれたことなのだが、問題はその先。「これまでのことで奥様にもご迷惑をかけていたと思う。一度お二人を食事にご招待して席上で奥様にお詫びをしたい。そしてそれがあなたにお会いする最後になる」。

 そのときの私の困惑ぶりはご想像いただけるだろうか。今頃なにをいわれてももう遅いのである。もし、学生時代に告白されていたら、私はたぶんバラ色の青春時代を送れたに違いない。それがいまになって「奥様にも迷惑をかけたからご一緒に」という先方の真意がつかめなかったのだ。かりにそうだとしても二人だけの秘密にしておけば、そもそも「奥様にご迷惑がかかる」ことなど何もなかったのである。しかし、余命幾ばくもない人からの申し出を断るわけにはいかない。それでも一緒に食事に行くには妻には事情を話さなければならないではないか。妻の性格を考えると私はすこし重い気持ちになった。

 彼女は時折うちにきていたから妻とは面識がないわけではない。私はさんざん考えた末、妻には一部始終を説明し、「こういうことなのだがどうだろうか」と尋ねたら心中はどうかわからないが案外素直に理解はしてくれた。食事の席では、特別なことは何もおこらず、私も少しほっとした。そして彼女の予告の通り、その後数ヶ月して訃報に接したのである。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。