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北陸新幹線余話 [旅行]

これは私に苦情を言われても困るのだが、この例も北陸新幹線開通の被害者の一人というべきかも知れない。

知り合いの大阪在住の学生が、富山市にある音大の大学院に入りたいのだが、と私のところに相談に来た。話を聴いているうちに、ネックは北陸新幹線にある、という話が出てきた。「これまで、サンダーバード一本でいけたのに、大阪と富山をしょっちゅう往復する事になる身としては、在来線が全部金沢どまりになってしまったので、富山の大学院を受けようか、どうしようか困っているのです」という。

学生の身として、その度に新幹線料金を払わなくてはいけないのは大変、という。さもあろう。その深刻さは、年に一度か,二度しか利用しない私とは、どだい違う。これがネックになってせっかくの大学院受験をあきらめなくてはならなくなるのは、いかにも気の毒。多分,他にも困っている人は意外に多いのではないか。この意地悪ダイヤ、なんとか元に戻せないものか。お金のない人はIRいしかわ鉄道の鈍行でどうぞ、などといわないで。 JRの経営から外れたから直通は無理、というなら乗客の立場を考えるならば、特急に連絡する料金不要の快速列車を走らせればいいだけの話ではないか。3セクもそれで潤う事になるし。

新幹線を利用する事で到達時間が早くなる、といわれても、乗り換え時間も含めるといくらもちがわない。そして,新幹線のダイヤは在来線特急の金沢到着にあわせて実にうまく連絡するように組まれている。従来から新幹線と在来線の特急を乗り継ぐ場合は,在来線の特急料金の割引制度があるが、私の知る限り,ここでもそれが適用されるのかどうかは定かでない。

さらにもう一つこれはよけいな心配だが、金沢ー富山間の短距離新幹線にもグリーン車が営業している。グリーン車で行きたい人はここでもまた新幹線料金の他にグリーン料金を別途支払う事になる。(博多ー小倉間のような短距離新幹線にそもそも編成にグリーン車を組入れるというような不経済な発想はない)まあお金持ちの人はそんなことは多分平気だから払ってもらったっていいのかもしれないが。。。。

阪急電車 [旅行]

宝塚に住む友人を訪ねて何十年かぶりに阪急電車に乗った。子供の頃夢中になっていた阪急電車だが、未だにそのイメージは全く変わっていない。創業以来、こんなにもかたくなに一つの色を頑固なまでにこだわり続けている鉄道会社がほかにあろうか。上品な濃いマルーンで統一された電車が梅田駅に並ぶ様は壮観であると同時に、これほど鉄道として整然とした美しい光景は私の知る限り,国の内外を問わず見た事がない。

毎日阪急電車で通勤している人にはごく当たり前の光景かもしれないが,東京から来ると一種感動的ですらある。電車の形式はかわれど、かわらないのは木目の内装と、グリーンのシート、下降式の窓と日よけの窓。やってみると,昔と同じようにガチャンと下まで一気に落ちるし,うっかりすると指をつめてしまいそうな構造も同じ。

まだ他にもかわらないものがある。車内広告。中央の吊り広告。さすがに二枚づつにはなったが、東京なれっこになっている車内両サイドのごちゃごちゃした広告がいっさいない。これだけで車内がどれだけすっきりさわやかに見えることか。全体的に広告が少ない。商業的にいうならもっと広告を貼れるだけは張った方が良いに違いないがそれをあえてやらないのだ。蛍光灯も東京の電車のように電灯丸裸ではなく、すべてアクリルのケースに入っている。それやこれやの要素があいまって乗っていて車内がじつに心地よいのだ。大阪の人はあまり何も言わないが,大阪で自慢できる一つの鉄道のありようだと思う。文化遺産な価値といっては言い過ぎだろうか。

四国のツーリズム [旅行]

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JR最南端の駅、海部。ここで阿佐海岸鉄道に乗換。

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御免町駅から土佐電鉄の市電で45分かけて高知市内へ
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宇和島鉄道(現在の予土線の一部)最初のコッペル、意外と保存状態がいい

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坊ちゃん列車。クラウス製・ミュンヘンの銘版あり。松山市駅で簡易転車台により人力で方向転換中


4泊4日の四国弾丸ツアー、年寄り夫婦旅だったが無事帰京。実に色々な乗り物を乗り継いでの弾丸ツアーである。それにしても室戸岬の路線バスはきつかった。成城学園前ー二子玉川間の小田急バスと同じ小型で、ごく普通の硬く、狭いシートの路線バス、おまけに団体と乗り合わせ、座席にはなんとかありついたものの、すし詰め状態。これで全部の行程が3時間くらい。路線バスとしては超長距離であろう。ある程度きついことは予想はしていたがまさかこれほどとは。でもあえてタクシーもレンタカーも使わず、可能な限り公共の乗り物を使って四国一周するという当初の目的は果たした。

その代わり、使えるところはグリーン車を使った。松山から乗った予讃線8000系のグリーン車はこれまで経験した最大の広さと快適さで、岡山で「のぞみ」のグリーン車に乗り換えた時、えらい窮屈な座席だなあ、と思ったほどである。四国の乗り物で感じたのはアナウンスはすべて日本語のみ。外国人にもほとんど出逢わなかった。九州新幹線が、日本語、ハングル、中国語、英語でアナウンスしていたのとは対照的。松山で乗ったタクシーの運転手に外人観光客は増えましたか、と聞いたが、「いや、あんまりみかけまへんなあ」という答えだった。

これは実に惜しい。これほど風光明媚な観光資源がうなるほどありながら、外国客にもあまり知られていないようなのだ。外人観光客誘致の本気度が九州とは雲泥の差がある。四国を本気で観光客の誘致を考えるなら可能性はいくらもあるはずだ。どこに行ってもお遍路さんの姿を見かけ、神社仏閣も多く、景色の美しさに加え、外人には絶対魅力的に映るはず、と「言葉も通じない外国人ツーリストの目」で道すがら、私は四国を観察したのである。

ディーゼル王国・四国 [旅行]

四国は電化が遅れていることもあって、実に様々なディーゼル列車に接することができる。路線状態もまた様々でとくに路線状態をできる限り列車の前方から観察するのは、なかなか興味深い。詳細はいずれまた。とりあえず映像から。
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「うずしお」高松ー徳島

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室戸岬まではいっていない「むろと」徳島ー牟岐(徳島駅)。
さすがに165系はもう四国でもめずらしい「ガラパゴス特急」。

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「しまんと」高知ー窪川。特急用主力の2000系の性能はいいのだが、軌道はコンクリート枕木から、先にゆくにつれて徐々に木製枕木となるも、まだ金具ボルトどめでしっかりしている。須崎をすぎるとそれも「犬釘打ち」で簡易路線並みとなる。



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「鉄道ホビートレイン」鉄道ファン向けに作られたものだがちょっとねえ~ 。新幹線もどきの顔、だが反対側は「絵」だけ。車内には多くの模型が展示してあるが、鉄道模型に詳しい人には珍しくもないし、興味のない人には座席の数が減るだけであまり意味がないようにみえる。トイレがないので2時間半の乗車は辛い人がいる。そのためかどうか、列車交換でもないのに、10分程度のトイレ停車(?)がある。(予土線・江川崎)


高松築港駅いつの間になくなったの? [旅行]

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サンライズはB寝台のごく一般のものを予約したが,全室個室(だったはずだがいつの間にかノビノビシートに模様替えしている車両も一部ある)で予想以上に快適。雨模様の東京を定刻出発、5分遅れで雨も上がった高松に着いた。「サンライズ」という名前も,季節にもよるが、瀬戸大橋をわたる時に朝日の上るのが見え、瀬戸内海の島々と海に朝日が映えてすばらしい。列車の名称の由来は乗って見ないと実感がわかないものである。サンライズ、特に高松にゆくにはできれば二階席を取ったほうがいい。やはりこの列車も「乗り鉄」が多いと見え、どこの駅でも写真を撮る人の姿が絶えない。平日のせいか、意外と寝台は空席は多い。

高松に到着してあれ?と思ったのは行き止まり駅になっていたことだ。確か昔はこの先に高松築港だか、高松桟橋駅だかまで鉄道は伸びていて、高松駅は通過駅だったはず。客車航送も行われていたから私の記憶に間違いない。思えば国鉄宇高連絡船がなくなって久しい。(料金が高速道路より船の方が安く、運転手が休憩できる、という利点もあって連絡船それ自体はなくなってはいないようだが)やはり実際行って見ないと知っているようでわからないこともいろいろある。徳島行きの「うずしお」3号まで、約1時間あるので、顔を洗い、開けたばかりの、カフェで朝食をとる。

だいぶん安定してきたB787 [旅行]

就航当初、発煙騒ぎで何ヶ月かも運行停止に追い込まれたB-787もすっかり安定してきたようで、安心して乗れるようになった。B-777より、一回り小さいがそばで見るとやはり存在感がある。主翼などかなりな部分が日本製である。何より機体が炭素繊維で作られているからエコでもあり、軽量化に貢献している。軽合金と違って炭素繊維だから、素人考えで乱暴にいってしまうと布製の機体だから、老朽化して廃棄する時も燃やしてしまえばそれで済むのでは、などといい加減なこと考えている。主翼に独特なソリがあるので,何かグライダーを思わせるような軽快感がある。

珍しく、鹿児島からの帰り便はANAでプレミアムクラスに乗ってみた。以前のANAのプレミアムはさほどにも思わなかったが、新しい767のそれはかなりJALのファーストクラスを意識しているように見える。座席間隔が広く、12人しか定員がないのでいつも満席。私がよくいう,一人当たりの空間がとても広いので満席であっても圧迫感がまったくない。昼食どきに出される食事もなかなか美味しくて、和食だが国際線でさえこんなうまい食事はみたことない。これもJALを意識したものであろう。

昨日空路帰京して,今日は待望のサンライズの寝台車に乗ります。昨日ちょうど室戸岬の上空を通過した同じ場所を今度は路線バスで地上を這っていく旅行です。

サンライズ瀬戸、もしくは私流四国お遍路 [旅行]

北斗星やらトワイライトやらが廃止のニュースが新聞の社会面を賑わす昨今である。そうなると長距離寝台定期列車はもはや「サンライズ瀬戸・出雲」しか残らない。誰も話題にしないうちに一度は乗っておきたい。

これとは別な話になるが、ある大学で定年退職を迎えた先生が、お別れ会の挨拶で、これからは時間ができるから私は四国のお遍路をやります、という話が妙に心に印象に残っていた。

そこで私なりの妻と二人(同行二人!)四国お遍路をやろう、と思い立ったのである。私流だから、当然鉄路で一周をするが、古いお寺にそう興味があるわけではないから、幾つかは訪れるだろうが、多分鉄道で面白いものがあれば当然それが優先となる。まずはサンライズ瀬戸で四国入りする。高松から徳島に向かう。前から一度見ておきたいと気になっていた鳴門の大塚美術館はこの機会にぜひみる。鉄道でさらに南下するも、レールは甲浦(阿佐海岸鉄道)で切れる。そこからは室戸岬経由でなんとか路線バスを使って突破すれは「ごめん・奈半利線」の終点までは到達できる。

この旅行の見所は窪川から宇和島にゆく、四国一ショボい路線である予土線で、運が良ければトロッコ列車にものれる。最後は妻の出身地松山で坊ちゃん列車始め、松山近辺の中小鉄道にも乗る、と言った趣向。松山から東京に戻るのには次のようないく通りかがあり、これはあらかじめ決めないで、当日の疲れ具合、あるいは気の向き様次第で決める「流浪の民」方式をとる。

① 一番手軽な方法は、ひどく疲れていたら飛行機で当日の切符があればそれで戻る。
② 松山観光港から宇品まで連絡船で渡り、広島市電で広島経由「のぞみ」で帰る。
③ 松山から「しまなみ街道」を通って福山まで出る、バスによるしまなみ諸島観光。なかなか悪 くないアイデアではあるがネットによれば福山近辺が渋滞のひどいのが難点、という。
④ もっともありふれた方法は予讃線経由で岡山経由、もしくは高松経由で、帰京ということもあるが、これだと鉄路四国完全一周達成となる。
⑤ もう一つ、松山観光港ー神戸、もしくは大阪まで船旅、という選択肢もあるがちょっと時間がかかりすぎる。

どの方法をとるかはあらかじめ決めておかない、というのがこのお遍路旅のミソといえる。いずれにせよ、まずはサンライズの寝台券を入手した。ホテルは要所だけ予約しておいたが当然成り行きによっては変更もある。

最後に。これでも四国お遍路をやったといえるのだろうか、という疑問だけが残る。

ベルリンの二の舞 [旅行]

長野の地震の影響はあまり報道されないが東海道新幹線にも及んだ。ちょうど新横浜駅の直前、すでに車内掲示にもお出口は右側、と出ていたくらい駅直前で「のぞみ126」は突然車内の電気が消え、停車した。空調も止まり、非常灯がついているだけ。

しばらくあって,「長野県の地震発生のため、東京ー岐阜羽島間が停電となりました,復旧には時間がかかると見られます」とのアナウンス。普通車はほぼ満席、私の乗ったグリーン車は三分の一程度の乗車率。やれやれ、またベルリンの二の舞か、ととりあえず、家には何時につけるか分からない旨携帯から連絡をとった。最悪数時間かかる事も覚悟してどのような行動をとるべきか考えた。車内の乗客たちはまったく冷静だった。20分ほどして車内灯は点灯したものの安全確認のためまだ発車には時間を要します、とのこと。結局30分ほど遅れて新横浜に到着した。品川でおりる予定でいたが、先の電車がつかえているから、品川まではまだ時間がかかるはず,と読んで新横浜で降りた。これが正解であったかどうかは分からない。

学んだ事は、停電するとトイレのような手動のドアをのぞいて、すべての貫通ドア、喫煙室のドア、など電力を必要とするドア類はすべて解放、つまりフェールセーフの状態になる。なるほど、非常に備えてよく考えてあるなあ,と感心した。幸い,気温は比較的温かだった事もあって、寒い思いはしなくて済んだ。不幸中のさいわいというべきであろう。

新幹線は通勤電車 [旅行]

すべての人の需要と満足を満たすのは難しい。昨日は会議を一つ終えてその足ですぐに間に合う16時30分発の「のぞみ」で広島に来ている。確かに今回の旅行は私にとって通勤電車でしかない。広島というところは航空機と列車では微妙な競合関係にある。広島空港から市内までかなり遠いので私は迷わず新幹線を取る。会議というのはだいたい終わる時間が決まらないから、あらかじめ切符をとるのが難しい。おまけに連休前の金曜日とあって下り「のぞみ」はほとんど満杯。

それでもグリーン車は混んではいるもののなんとか席はとれた。こういう場合、料金の高い席は混雑時であっても敬遠されるから売れ残り、どうしても必要な人間には高い金を払っても取りやすい席の存在はそれなりの価値はある。料金はJR東日本のグランクラスの場合さらに高いから、(私はまだ乗ったことはないが)どんな混雑時でも大抵なんとかなる、という意味であってもいい、と思う。

いつもいうが私は必要もない時はグリーン車に乗ることはしない。昔は一等車に乗る、というのは社会的階級で決まっていたが、いまは必要に応じ、サイフ状況に応じて使い分けられるのはいい。しかし広島へ着いても夕食にありつけるかどうかわからないからせめてこういう時は食堂車があればなあ、とも思う。確かに食堂車のない列車旅行の楽しみは激減した。その代わり混雑時にはより多くの人が食堂車を犠牲にしたおかげで利用が可能となる。交通機関はこれら様々の事情を考慮したあげく、新幹線のあり方も良くも悪くも現状に落ち着いているのであろう。ちなみに自由席車は広島まで立ち席の乗客も少なからずあった。

Berlin-Warszawa Express [旅行]

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以前拙ブログで紹介したワルシャワ・ザホードニア駅を通過中のベルリンーワルシャワ エクスプレスである。今度はベルリン中央駅に到着したのを見かけて撮影したもの。6両編成、うち1両が一等車、もう1両が一等・食堂車の合造車、ここまでがDB、残る4両が2等車(PKP)、機関車は180型。列車はDBのシンボルカラーであるVerkehrsrotではなく、ブルーの帯で、機関車もやはりブルー、といういでたち。赤一色のベルリンHbfではかなり人目を引く存在になる。2002年以来の運行だからもう珍しくはないはずだが、停車中、車内を覗き込んでいる人も結構いた。ベルリンーワルシャワ間を約5時間20分で結ぶ。一日4往復グダニスクまで行くもうひと列車をふくめると5往復であるから、ECとしてはかなり使いやすい頻度で運行されている。

このように何度か目撃していながら、私はまだ一度も乗ったことがない。来年はショパンコンクールの年であるが、私は今回も行くかどうかもまだ決めていない。もし行くならこんどはベルリンから陸路でいってみたい、とも思うのだが、フランクフルトで乗り換え、ベルリンのテーゲルから中央駅まで移動し、と考えると少し億劫になってしまう。さて、どうなるか。だがあこがれのBerlin-Warszawa Expressではある。

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